第16話 番外編 武士の転職について

ガラシャ

もうすでに波瀾万丈な光秀です。武士は一生主に仕えるイメージですが、光秀はたくさん主が変わっています。

憲三郎先生

そうですね。

ガラシャ

主が変わっているということは勤め先が変わっているつまり転職ってことですよね?やっぱり当時の転職は珍しかったんですか?

憲三郎先生

実はそんなこともありません。戦国時代は戦が多く主君が居なくなる確率が高かったため失業者が多かったようです。

ガラシャ

なるほど、主が居なくなっちゃって仕方なく転職する人もが多かったんですね。確かに光秀も最初そうでした。

憲三郎先生

縁のある人を頼って転職する人も多かったようです。

ガラシャ

同じようにたくさん転職した武将はいるんですか?

憲三郎先生

そうですね。藤堂高虎は浅井家家臣→織田信澄(信長甥)家臣→豊臣秀長(秀吉弟)家臣→豊臣秀保(秀吉甥)→出家して高野山へ→乞われて還俗して生駒親正家臣→徳川家康家臣という経歴だったようです。

ガラシャ

この頃にも正社員やアルバイトのような違いはあったんですか?

憲三郎先生

そうですね。領地をもらうと正社員。お金で雇われている足軽以下はアルバイトというのがイメージとしては近いかもしれません。

ガラシャ

領土には限りがありますよね?どのくらいの広さからもらえたんですか?

憲三郎先生

当時は一人が一年間食べていけるだけのお米の量=一石という単位があってその収穫高によって領地の単位はきまっていました。与えられる領地の基本は10石からですが5石の人もいたようです。

ガラシャ

5石だと家族養うだけでやっとですね・・・。やっぱり人々は正社員を目指すものですか?

憲三郎先生

雑賀衆のように傭兵を生業とした人もいましたが、戦国乱世ですから少しでも安定を求め目指したのではないかと思います。

ガラシャ

光秀は正社員かアルバイトかで考えるとどんな経歴なのでしょう?

憲三郎先生

美濃時代は正社員そして会社がつぶれてしまって9年間は無職です。もしかしたらどこかでアルバイトしていたかもしれません。
→越前時代は記録がないのですが10年居たので正社員になっていてもおかしくないかもしれません。
→細川藤孝に仕えた頃は中間からスタートなのでアルバイトです。
→足利義秋に仕えた頃は正社員です。幕府奉公衆は領地がもらえました。
→織田信長に仕えてからも正社員です。近江をもらったのが有名です。

ガラシャ

あれ?想像以上に正社員の時間が長いです。思いのほか堅実でした。

”戦国時代は戦の影響もあり転職はよくあることだった”

 
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