第2話 明智光秀はどんな子供っだったの?

ガラシャ

光秀の子供のころはどんな子供だったのでしょう?

憲三郎先生

残念ながら光秀の子供のころのことが書かれた史料は見つかっていません。一番古い資料でも41歳頃のものだと思われます。
ですが1話で出てきた推定家系図をもとにどんな状況だったかを想像することはできそうです。

ガラシャ

教えてください!

憲三郎先生

1516年頃の美濃は錯乱していました。

ガラシャ

錯乱!?入り乱れて秩序がなくなること。
・・・。なんか大変そうですね。

憲三郎先生

そう。大変だったのです。
どう大変かというと、土岐氏の後継者争い、そして土岐氏と斎藤道三の守護職をめぐる争いが激化していたのです。

ガラシャ

守護職ってその土地を守る大名のことですよね?
大名が定まらなかったら、、、。もうごちゃごちゃですね。

憲三郎先生

そうなんです。
そして光秀はどこにいたかというと、光秀の曾祖父にあたる玄宣とその子である政宣は幕府の奉公衆で京都にいました。京都のほうでも足利将軍家の後継者争いで錯乱していました。

ガラシャ

わぁ、、。あっちもこっちも。

憲三郎先生

光秀は土岐氏に連なる者でもあり曾祖父は幕府の奉公衆。
どちらにせよ激しい戦火のなか育ったのではないでしょうか。

”光秀41歳以前の史料はまだ発見されていない。”
”系譜から見るに戦火の中育っただろうと推測できる。”

 
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