第3話 土岐氏って何?

ガラシャ

憲三郎先生。
今までたくさん出てきた美濃の守護大名の土岐氏ですが、これだけ出てきたということは光秀と深い関係があるんですか?

憲三郎先生

光秀は土岐頼純に仕えていました。
前回のお話でも少し触れましたが土岐氏は斎藤道三と長年争っていたので光秀も戦の絶えない日々でした。

ガラシャ

土岐氏ってそもそもどんなお家なんですか?

憲三郎先生

土岐氏の歴史は古く、源氏から分かれて繁栄した士族です。
今も変わらず地名がのこっています。岐阜県の土岐郡で栄えたので地名から名前をとって土岐氏となりました。土岐氏は栄えて、美濃一円に一族が広がり、百家ほどになりました。明智家もそのひとつです。土岐氏の最盛期には美濃だけでなく、尾張・三重の守護職も兼務しました。

ガラシャ

光秀と土岐氏は親戚同士ということですか?

憲三郎先生

1話で出てきた推定家系図を見てみると明智家は土岐氏の分家にあたる家系と言えます。
歴史の古い家柄なので光秀も土岐の一族であったことを誇りに思っていました。家紋は土岐桔梗紋です。

ガラシャ

それがわかる何かがあるんですね!

憲三郎先生

そのとおり。ちなみに明智家の家紋は明智桔梗紋です。
花びらの形が少し違います。

ガラシャ

土岐の一族であることを誇りに思っていたのは光秀だけではなくその子供たちも同様に誇りに思っていました。

憲三郎先生

愛宕百韻では光秀が「ときは今 あめが下なる 五月かな」嫡男の光慶が「国々はなお のどかなるとき」と連歌を詠みました。
娘である明智ガラシャは辞世の句で「散ぬべき とき知りてこそ よのなかの 花も花なれ 人も人なれ」と詠みました。

ガラシャ

必ず『とき』が入っていますね!これは土岐氏のことなのですね!

憲三郎先生

愛宕百韻で詠まれた句はのちのち大事なポイントになるので覚えておきましょう。

”土岐氏は古くから美濃を治めた守護大名。”
”光秀との繋がりもあり明智家はこれを誇りに思っていた。”

 
明智ガラシャ

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