第32話 番外編 池田勝正について教えてください。

ガラシャ

前回のお話しでは光秀が金ヶ崎の戦いでしんがりを務めたということを教えてもらいました。


憲三郎先生

そうですね。とても重要なお役目でした。


ガラシャ

そこで気になったんですが、知らない人がいっぱい出てきました。


憲三郎先生

誰ですか?


ガラシャ

一色藤長と丹羽長秀です。


憲三郎先生

一色藤長は一色氏の一族、式部一色家の出身で一色宗家の領国・丹後国で郡代を務めていました。


ガラシャ

宗家って本家ってことですか?ということは式部一色氏は分家ですね。郡代ってなんですか?


憲三郎先生

郡代とは一般には、その土地の領主に代わって徴税・司法・軍事等の職務を、郡といった広い単位で担当した地方行政官。つまり、市長のようなものです。


ガラシャ

なるほど。どうして奉公衆になったんですか?


憲三郎先生

明確な理由はわかりませんが、父が亡くなった後に式部一色家の当主となり奉公衆になりました。足利義昭が奈良一乗院を脱出した頃から実は細川藤孝らと行動を共にしていたようです。


ガラシャ

意外なほど最初から居たんですね。


憲三郎先生

後は足利義昭に仕えることができなくなり、細川藤孝を頼ります。


ガラシャ

・・・一色氏というと土岐頼芸を思い出しますが、一色藤長もなんとも波瀾万丈な人生を送られていますね。


憲三郎先生

次は丹羽長秀ですね。


ガラシャ

丹羽長秀は連署状のお話しの時に何度か名前を見たことはあるのですが、織田軍の人ですよね?


憲三郎先生

そうです。丹羽長秀は丹羽氏の次男として生まれました。丹羽氏は元々斯波氏の家臣であったが、丹羽長秀は15歳の時に織田信長に仕えます。織田信長の養女(織田信長の兄・織田信広の娘で姪)の桂峯院を妻に迎えています。織田信長からの信頼がとても厚い武将です。


ガラシャ

そしてもう一つ気になっていたんですが、池田勝正って前は敵でしたよね?


憲三郎先生

よく覚えていましたね。足利義昭の上洛した時ですね。激烈な戦いだったようで史料には最後には城に火をかけ町を焼き払った。とあります。


ガラシャ

しっかり城や町まで焼かれています。降参したからといってよく生きていましたね。


憲三郎先生

織田信長はその後池田勝正・伊丹親興・和田惟政の3名に摂津支配を任せたため、「摂津三守護」と称されたそうです。本圀寺の戦いでは細川藤孝からと共に援軍に駆けつけました。


ガラシャ

しんがりは信頼できる人が良いんですよね?経歴を見ると信頼できる人とはなかなか言いがたい気がしますが。


憲三郎先生

織田信長は時に自軍の武将が信頼できるか測るためにしんがりを任せたりもしたようです。


ガラシャ

え!?怖い試練ですね・・・。


憲三郎先生

池田勝正はしんがりを無事に務めました。


ガラシャ

良かったです。


憲三郎先生

しかし同年6月に家臣の荒木村重(姉か妹の夫)と池田知正(兄)が三好勢に寝返り、池田勝正は池田城から追放されます。


ガラシャ

え!?・・・あ!また出ました三好勢。


憲三郎先生

池田勝正は同族と不和になり、同年6月19日、同族の家老二名を殺した上で自ら大坂に出奔したそうです。


ガラシャ

え~・・・。残った人はどうしたんですか?


憲三郎先生

池田家臣団は池田知正(兄)を擁し荒木村重を家老に迎え入れて三好勢につきました。


ガラシャ

うわぁ・・・。


憲三郎先生

直後の26日に、池田勝正は三好義継に伴われて上洛し、足利義昭に拝謁したそうです。


ガラシャ

あ、仲間の三好さん・・・にしても、なんだかややこしいことに。敵の敵は味方というあれですね。


憲三郎先生

その後、織田信長より原田城主に任じられ細川藤孝らと共に各地を転戦したが、織田信長と足利義昭の仲が決裂すると、池田勝正は幕府方につきました。


ガラシャ

え!?あれ?織田家の家臣では無いと!?


憲三郎先生

そのため、織田信長の家臣となった荒木村重によって原田城を追われ高野山に追放されてしまいます。


ガラシャ

あれ?いつのまにこっちもややこしい・・・。


憲三郎先生

また詳しくお勉強していきましょう。


ガラシャ

よろしくお願いします。

”池田勝正はとてもややこしい背景を持つ人でした。”

 
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