第4話 明智光秀の最初のお仕事は?

ガラシャ

大人になった光秀はいろいろなことを成し遂げるわけですが、物事には必ず最初があるものです!
光秀にも最初のお仕事があったはずです!!憲三郎先生、光秀のお仕事のことを教えてください。

憲三郎先生

2話でも触れましたが光秀の若いころが記された史料はありません。光秀が史料に最初に登場したのは1556年の「美濃明細記」です。
光秀41歳の頃のことです。『斎藤道三、義龍に討たれる。義龍軍には揖斐因幡守・原紀伊守・舟木大学介・石谷近江守・明智十兵衛ら土岐一族三十二人が味方に加わる』という内容です。

ガラシャ

なるほど!光秀は土岐の一族の一員としてこの戦に参加したということなんですね。
3話で聞いたように土岐氏の誇りがあったというのを示したようなエピソードですね。

憲三郎先生

このエピソードと土岐氏の血縁であったことを踏まえてお話ししましょう。

ガラシャ

この戦はどんな戦だったんですか?

憲三郎先生

経緯はまた今度詳しくお話ししようと思いますが、斎藤道三と斎藤義龍の親子間で行われた戦でした。

ガラシャ

え?親子なんですか?
親子だったら戦の原因になりそうな家督争いもなさそうですけど・・。何があったんでしょう?

憲三郎先生

理由は諸説あるようですが、確かな史料は見つかっておりません。
わかっているのは斎藤道三は家督を譲った息子の義龍に反旗を翻されたということです。その時に斎藤道三に復讐したい人々が義龍の味方に付いたわけです。

ガラシャ

斎藤道三に復讐したい人々?
『揖斐因幡守・原紀伊守・舟木大学介・石谷近江守・明智十兵衛ら土岐一族』は斎藤道三に復讐したかったということですか?
斎藤道三は土岐の一族に何をしたんでしょうか?

憲三郎先生

斎藤道三は美濃守護職を手に入れるために和睦した土岐頼純を毒殺しました。

ガラシャ

なるほど、土岐の一族は頼純の仇討ちのために義龍の味方になったということですね?
と、いうことは光秀は土岐頼純に仕えていた、土岐氏の家臣だったということなんでしょうか?

憲三郎先生

そうですね。
今はそれが一番自然に思えます。もっとたくさんの史料が発見されれば詳しいことがわかると思うのでこれからの研究に期待したいですね。
従来は光秀が斎藤道三に仕えていたという間違った定説が広まっていたので史料の探し方を間違えていた可能性もあります。

”光秀は土岐頼純(土岐氏)の家臣だった可能性が高い”

 
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