第5話 番外編 斎藤道三について教えてください。

ガラシャ

4話でたくさん登場した斎藤道三ですがこの方はいったい何者なんですか?

憲三郎先生

斎藤道三は美濃守護代長井新左衛門尉の息子です。

ガラシャ

ん?
守護代は守護職とはちがうものですか?

憲三郎先生

守護職は幕府がそれぞれの国の領国運営の為にそれぞれの国の守護職として任じられた人物のことを指します。
複数の国を兼任する守護職もいました。美濃の場合は土岐氏が守護職でした。守護代は守護職が在京している場合の代理、または守護職に代わって領国運営に携わるものを指します。

ガラシャ

なるほど、4話では斎藤道三と土岐頼純が戦っていた気がしますが、どうしてそんなことになったのですか?

憲三郎先生

斎藤道三が歴史に登場する少し前土岐政房の後継を嫡男の頼武と次男の頼芸が争っていました。

ガラシャ

嫡男の頼武が継ぐのが順当だと思うのですが、どうして争いになってしまったんですか?

憲三郎先生

応仁の乱と明応の乱が関係してくるのですが、明応の乱の後、東軍系足利義澄と西軍系足利義材が争っていました。

ガラシャ

将軍の座を巡る争いということですよね?
もしかしてそれはたくさんの人が巻き込まれますか?

憲三郎先生

そうです。
経緯は省略しますが足利義材(土岐頼芸[長井一族・明智頼尚])と足利義澄(土岐頼武[明智頼典・玄宣])という図になっていました。

そして時間がたつにつれて世代が交代されていき足利義材(土岐頼芸[斎藤道三])と足利義澄(土岐頼純[明智光秀])そして足利義材(斎藤道三)と足利義澄(明智光秀)となっていきました。

ガラシャ

あれ?
土岐氏の後継者がいないのですが・・。

憲三郎先生

そう!いいところに気づきました。
土岐頼純は1546年に和睦し道三の娘を娶った翌年1547年に毒殺されます。そしてその三年後1550年にこんどは土岐頼芸が追放されます。

ガラシャ

それは・・・。
政略結婚の後に美濃の守護職を乗っ取られたということですか?

憲三郎先生

そうですね、斎藤道三は土岐頼芸を担いで土岐頼芸の兄である土岐頼武と争わせて土岐頼武を追い落とし、さらに土岐頼武の子である土岐頼純を殺し、最後に用済みとなった土岐頼芸を追放したのです。
その後に起きた斎藤道三と斎藤義龍の争いの時に明智光秀が斎藤義龍の味方となり斎藤道三最後の戦いになったということです。

”斎藤道三との戦いは祖父・父から続く因縁の対決だった”

 
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