第9話 越前での生活

ガラシャ

叔父である揖斐因場守と越前の朝倉氏を訪ねた光秀ですが、その後どう過ごしたのでしょうか?

憲三郎先生

光秀はその後の10年間越前で暮らします。

ガラシャ

越前のどの辺りに住んで居たんですか?

憲三郎先生

史料では称念寺の門前に10年住んだと記載があります。
そして越前にまつわる伝承が二つ残っています。

ガラシャ

どんな伝承ですか?

憲三郎先生

「越前に逃れた光秀は薗阿上人の勧めで、その門前で寺子屋を開き、夫婦子供たちと暮らした」「東大味の土居之内というところに光秀が住んでいた」という伝承です。

ガラシャ

光秀は土岐頼純の仇討ちに成功したことになると思うのですが、相変わらず失業中ですよね?再就職するのでしょうか?

憲三郎先生

もちろん家族を養い生活するには何らかの仕事をしなくてはいけません。
光秀は越前で黒坂備中守景久という人に仕えることになります。寺子屋を開いたかどうかは別として称念寺と黒坂備中守の居城である舟寄城は500mほどの近距離にありひとつめの伝承がこの頃のことだと思われます。

ガラシャ

朝倉氏を訪ねて越前に来たはずですよね?朝倉氏はどこに行っちゃったんですか?

憲三郎先生

実は黒坂備中の守という人は朝倉氏と関係の深い人なのですがそれは次回お話しましょう。

ガラシャ

気になりますね。次回が楽しみです。

”光秀は黒坂備中の守に仕えた。”

 
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